Co・Memont -MG-

2007-05-22

[]逃げて避けてるばっかりじゃないのか? 22:17

自分もコミュニケーションと言われる能力には,

そこまで自信が無い.

多分それほど高くは無い.

それは何でか?

相手と何かあった時,自分が退くことによって会話を成立させていたりするからだ.

それはコミュニケーションではなく,単なる「逃げ」じゃないのか?

っと,華音さんへのコメントの返信を書いている時,ふと思った.

2007-05-21

[]同じ土俵に立つこと 21:48

自分の想いに関して,

長文を書けば書くほど相手に伝わるというのは間違いだ.

長文でも短文でも,伝わる文章を書ける人は伝える事ができるが

伝わる文章を書けない人は,長かろうが短かろうが伝わらない.


話し方のレベルの違いも,話題のすれ違いを生む.

ただし,すれ違いが単に話し方のレベルの差であれば,

すれ違い解消のためには,レベルの高い人が低い人に合わせて話せばいいと思う.


でも大抵のすれ違いは,

コミュニケーションレベルがお互いに低いか,差がある為じゃないかと自分は思う.

そして,話し方のレベルとコミュニケーションのレベルは全く分離していたりする場合もある.


話題を共有できているか…焦点はお互いに合っているか.

それに疑問を常に持ちながら話を展開するのが初期段階じゃないだろうか.

それが噛み合って初めて,手ごたえのあるより良い会話ができるんじゃないだろうか.


言葉の共有と話題の共有がはたしてできているのか….


まぁそのどちらも共有できていなければ,

コミュニケーションができているとは言えないと思うのだけど.



盲目に,自分の話す事は一貫して相手の意図を組み取れているんだ!!っと

その部分を疑わずに突き進む人は,結果的にコミュニケーションができているとは言えないと思う.

当初の自分が思ったことや話題とズレを感じることができ,

さらにそのズレを修正できる人は,どんな会話でも手ごたえのある会話ができる人だと思う.

こういった人は結果的にコミュニケーションと言われる能力が高いと思う.


でも,そうじゃない人というのは,

ズレに気がつかない為,意見を伝える事のみに終始してしまう.

結果ズレっぱなし.

相手の話を受けてそれを取り入れて話す耳を持てない.

結果として,相手の意見が分らないから意見を主張する.


意見がぶつかった時に,自分の意見より良い点はないのか…

疑問を挟む余地を持たない人は,そこでいったん立ち止まることができない.


話し合った後で手ごたえが無かったと感じるのは,

相手の意図が正確に掴めれてないからじゃないだろうか.




自分は,相手の話すことを明確に捉える事が出来ない限り,

コメント欄に書いたりトラックバックを送るということをあまりしない.

それはその時の自分の考えに自信を持てないという,

議論以前の話になるのだけど,

それは相手と同じ土俵に立てているかに疑問を抱いてるからだと思う.

まぁそれで前に出れないで黙っているのも問題なのだけど,

それ以上に,同じ土俵に立ってるかも分からず猪突猛進する人は

もっと厄介だと自分は思う.

Tear_of_angelTear_of_angel2007/05/21 23:08こんばんは。
すみません!私が詳しいこと(どのブログでのことだとか、相手の方のブログのURLだとか)を全く書かずに書き殴ったものだから、お手数お掛けしてしまいました。ほんっとーに申し訳ないです。
なんかもう、考えが纏まらないなりに書き殴りでもしないともっと大爆発起こしてしまいそうだったので収拾つかなくなってますが。

で、私も文章が旨い方ではないので人の事言えた義理ではないんですが、相手の方の言ってる事がなかなか理解できなかったんですよ。それでも、理解できないなりに必死に考えて応対したつもりなんですが、どうも駄目だったみたいで。まぁ、それ以前に、相手の方の文章の端々に見え隠れする偉そうな態度というか、相手を見下したようにも取れる態度が鼻についてしまったこともあり、中々歩み寄る気持ちにならなかったというのもありますが。
結局、ズレを修正しないまま終わりましたが、多分、これ以上話をしても平行線のままだったのではないかと思っています。同じ土俵に立っていなかったんですねきっと。

色々考えてくださってありがとうございます。私ももう少し考えてみようと思います。

comemontcomemont2007/05/22 22:06>お手数お掛けしてしまいました。ほんっとーに申し訳ないです。
いえいえ,自分が勝手に「何だろう」って思ってから,勝手に考えたことですから…

コミュニケーションって結局,お互いの歩み寄りなんじゃないかなぁって思うんです.どちらかがそれを拒んだら,いくら片方が合わせようにも,ズレを埋めることは非常に難しいと思うんです.
合わせる気の無い相手に一生懸命合わせても振り回されるだけで疲れ果ててしまうかもしれない.歩み寄る気持ちになれなかったのは,既に疲れてしまったからかもしれないですね.

でも,何度疲れても,投げ出すようなことはあまりしたくないなぁと自分は思います.

まぁ既に投げ出したり,逃げたりしてるかもしれませんし,自分もそういった能力が高くないので,自信を持ってもっと前へ出て発言する事ができなかったりするんですが…

2007-05-10

[]ネットの知り合いと、実際の知り合い 23:19

本来の文章のお話からズレている事は重々承知しているのだけど,

もっぱらさんの問いから思ったことを書いてみる.



時間の差

リアルタイムで顔を合わせる知り合いと,

断続的に人の文章を介した知り合いと…


ネットの知り合いと現実の知り合いの差って,

突き詰めていくと

その人と向かい合える時間の差なんじゃないかなぁとも思ったり.


どれだけその人と時間を共有できるか.


ネットはどれだけ頑張っても

更新ボタンを押した瞬間から次にボタンを押す瞬間まで

ネット上でその人の時間は止まるんで,

ボタンが押された瞬間しか時間を共有できない.


チャットやメッセの方が,ブログの文章を眺めるよりも信頼できそうな気がするし,

それはやはり更新回数がリアルタイムに近いからじゃないかと.

顔を付き合わせれば,もうリアルタイムですからね.


その辺の時間の差…時間から得られる情報の差.


手持ちの情報が多ければ多いほど,

それらを審査し,信じるに足るかどうかの判断は,無いよりしやすい.

情報も少ないのに,どうして信じきれるの?っというのも理解できる.


でも逆に,会ったからと言って信じてしまうのも

リアルタイムで接して知れる相手の情報をみすみす捨ててる様なものなので,

どの道,その人のその情報を知って,どれをどう扱うか…という部分も

絡んでる様な気がする.


伝わらない

逆に,発信する側はその自分が発するその情報で

どの様にコレを読んだ人は取り扱って,その人の中で消費してくれるのか…

っという部分に注意しないといけない気がする.


真剣にやっていても,それが伝わらなければ,どう取り扱われてもしょうがないと思う.

「悩んでる」とか「ツライ」とか,実際に言ってる人を見て

どれだけそれが真剣な言葉なのか…

普段顔を合わせていても,その人の普段から持つ印象で受け取り方はガラッと変わる.


ネットなども,突き詰めると実際の生活と変わらないと思います.


ただ,違うのはその人と接していられる時間・瞬間の量・質の違い.



ネットの知り合いも現実の知り合いの一部

でも,ちょっと思うのは,

ネットの知り合いも現実の知り合いの一部と思うと

微妙に線引きが入ってしまうのもショウガナイかなぁとも…


自分それぞれの知り合いによって付き合い方が微妙に違う.

家族,部活の同期,後輩,研究室,高校の友人,中学の友達…

それぞれに付き合い方があり,それぞれ1つ1つの付き合い方は微妙に違う.

そこにネットという知り合いが入ってると思えば,

それはそれで現実の知り合い同様,何らかのちょっとした境界線が生じるのも

自然といえば自然なんじゃないかなぁ~と.



だから

違うといえば違うし,違わないと言えば違わない.

っと非常に中途半端な回答.

mopparamoppara2007/05/11 00:08あ、結構、華音さんもそうなんですが、悩んでいる過程を見せてもらう、っていうのは、面白いですから

ストレートではないですが、回答ありがとうございます

Tear_of_angelTear_of_angel2007/05/11 23:39あ、私もそういえば、どこで知り合ったかによって微妙に付き合い方を変えてるような気がします。そうですね。その中の一つがネットという考え方は頷けます。ありがとうございました。

comemontcomemont2007/05/12 02:00>もっぱらさんへ
まとめるためだったり,整理するために書いてる部分がありますから…どうしてもこんな書き方なんですよね.


>華音さんへ
微妙に付き合い方が違うもんだから,違う方面の友人と同時に会ったりすると,何となく気まずかったりするんですよねぇ…
ブログも,他の知り合いに知れたら,付き合い方の微妙に違う自分がココにいますから…ある意味で気まずく思っちゃうんですよねぇ…